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2007年1月11日 (木)

一人店主への道(花の下北沢編9)

 2003年11月、憧れの地・本郷に新規オープンしたばかりのリフレサロン「Repose」に、私は足を踏み入れた。

「Repose」は、奥行きのある店内で、1席1席の間隔にゆとりを持たせているため、全体的にゆったりとしているという印象であった。また、以前の路面店とは異なり、ビルの2階で営業しているせいか、人の往来が気にならず、とても落ち着けた。

普段、慌しい中で施術している私にとって、この静寂は、とてつもなく心地よかった。

 

 その日の来店の目的は、お客様として、サロンの雰囲気を体感したかったのと同時に、オーナーから直接話を聞くためだった。

実はこの日まで、何度か、以前の本郷店にお客様として足を運んでいたにも関わらず、一度もオーナーと顔を合わせるコトはなかったのだ。

初めてお会いするオーナーは、キラキラした瞳が印象的な女性。

このサロンを立ち上げるまでのいろんな背景を伺い、何と言ったらよいか、とにかく一言「この人、スゴイ!」と思った。しっかりとした意思や信念がなければ、やっぱりここまでやれないよな、と思った。その思いは、瞳が語っていると感じた。

 

 どういう形になるかはわからないけれど、私もいつかは栃木でリフレをしたい、と思う身。

今のまま、たくさんの疑問を抱えながら働き続けるよりも、この新天地で、オーナーの下で、少しでも、その日のための勉強をさせて頂きたい、そんな気持ちが私の胸にググッと押し寄せた。

 

 「ここで働きたい!!」

私は、そう強く思った。そして、「Repose」に足を踏み入れたその日、その意思をオーナーに伝えた。

 

 「Reposeで働く!」と心に決めた私は、数日後、意を決して、下北沢のサロンの上司に辞める意思を伝えた。(と言っても、以前に一度だけ、社内でのゴタゴタがあった際に辞めたい意思を既に伝えていて、保留になっていたのだけれど。)

何度も考え直すように説得されたけれど、私の鋼の心は、ビクリとも動かなかった。

 

 以前、上司に一度目の退職の意思を伝えた際に、私はこんなコトを話していた。

「いつか栃木でリフレをやりたい。でも、サロン経営はそんなに甘いモノじゃない。だから、どんな形で自分がリフレを続けていけばよいのか、正直迷っている。」と。

そして、そんな私の気持ちを知っている上司は、こんなコトを話し始めた。

 

 「栃木に戻ってリフレするにも、このままココで働けば、たくさんの足に触れられるし、関口さんは地元が日光なんだから、例えば、旅館内で委託開業って道もあるじゃない?そのためにも、今ここで辞めるのは、もったいない・・・云々かんぬん。。。」

 

 この後の上司の話は、正直、もう上の空。

「そうか!委託開業という道もあったんだ!!それなら、私一人でも出来るかもしれない!!」

上司に説得される中、私の頭の中では、日光の旅館でリフレする自分を妄想していた。

開業=サロン経営しか、頭になかった私。何で、今まで、委託開業という方法に気付かなかったんだろう!?ナイスアドバイス!ビバ上司!!

私は・・・、にやけ笑いを堪えるのに必死であった。(不謹慎な部下で、ホント、スミマセン!!)

 

 そんな訳で、思わぬ所で、今後の私の一人店主への方向性が決まってしまった。

 

 その後、何度かの話し合いの末、2004年の1月11日付けで、下北沢店を退職するコトが決まった。

下北沢店のお客様、スタッフ、そして、下北沢で仲良くなった商店街の皆さんと別れるのは、本当に後ろ髪引かれる思いではあったけれど、きっとご縁があれば、また必ず会えると信じ、下北沢の地を後にした。

 

 そして、私はまた新しい一歩を踏み出した。遂に、憧れの本郷という土地で・・・。

 

 →次回へ続く。

 

 ♪本日のBGM・・・Polaris「星と願うなら」(アルバム「Family」)

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